2011年08月18日

昨日は夜に書こうと思ったが…

いざとなるとそうも行かないものですねw結局暑さでムリでした。
今日もこの暑さは続いています。既に猛暑日でございますれば
今日は近くのデパートに行って避難というのも手の一つかもしれぬ。
ん?そこに行くまでが暑い…そうでもありますね…。
ちなみにここまでの猛暑は今日をもって一応終わりになります。
それ以降はここまでは上がらず最低気温も下がってくる見込み。
しかしながら曇りでもありますので蒸し暑い状態になるのかも。
それはそれで嫌でございますな…しかし夏はどうして蒸し暑いの
でしょうかね…梅雨の専売特許では無いというのが…。

今年の高校野球もいよいよ今日でベスト4が揃う事になります。結構
日が開きましたので詳細はマモノ甲子園を見て頂ければと思います。
例年通りに今年の高校野球を面白おかしく表現しています。

とりあえず今日の準々決勝については書いておきましょう。
第1試合は作新学院(栃木)と智弁学園(奈良)の試合。

1回に3点を獲って先制した智弁学園。しかしすぐさま2、3回に
作新学院が合計5点を獲って逆転に成功。しかし流れを戻そうとする
智弁学園は3回、5回、6回に1点ずつを獲り主導権を奪いました。

9回の作新学院の攻撃。ここまで抑えられていた智弁学園のエース、
青山選手から石井選手がヒットで出塁。これに板崎選手も続きます。
さらに佐藤選手がヒットを打ちまして同点にまず追いつきました。
次の打者飯野選手(途中から投手も)の当たりはゴロに。
ここでランナーの入れ替わりが発生。その後内藤選手の
当たりは犠牲フライになりまして逆転に成功しました。
その回の裏は飯野投手が抑えて作新学院の勝利でございます。
作新学院は49年ぶりのベスト4に。ちなみにこの時に作新学院は
当時史上初となる春夏連覇を成し遂げています。偉大なる先輩達に
少し追いつける。そんなチャンスがやってきていますね。ちなみに
作新学院出身であったかの江川卓投手は最後の2回しか甲子園には
出ていません。春のセンバツではベスト4、夏は2回戦敗北でした。
2回しか出られなかった理由は打撃が打てていなかった事で
あるらしいです。投手という片方の輪だけで進んでいた感じですね。
ちなみにwikipediaでそんな江川氏の庵が知らなかった経歴が。
なんと子供時代は静岡の佐久間で過ごしていたそうです。
天竜川で対岸に向かって石投げをしていたら肩が鍛えられて
投球フォームも全身を使ったものが身に付いたのだとか。6年の時には
対岸(80m)に見事届いたそうな。
中学校時代はそのまま佐久間中学に。強肩をかわれて外野に、しかし
程なくしてピッチャーに転向しました。しかしここで運命が静岡から
彼を引き離しました。父親の転勤により栃木に移住したのでした…
この転勤がなければもしかしたら江川投手は静岡の代表的な投手として
全国を騒がしていたのかもしれませんね…作新学院に入った理由は
早稲田や慶應に進学の可能性が高かったからというのがあったそうです
ので行くとしたら静岡高校か静岡商業だったでしょう。もっとも江川氏、
出身はと言いますと…福島県いわき市なのですけれども。

では12時現在35.7℃の静岡よりこれで失礼致します。
また明日でございます。


posted by 駿州院祥蓮(趙援) at 12:56| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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